小泉竹中改革とは東京による地方収奪でしかなかった
小泉竹中構造改革とは本質的に何だったのか? そろそろ総括が必要な時期です。この一連の流れの結果は構造改革の美名の下に隠れて、中央集権が一段と進み、官僚とそれにぶら下がる財界の一部、並びに金融資本が一段と肥大化したことにあると言えるでしょう。
中央=官 この小さなムラ社会が民と地方から収奪して一人勝ちした!
小泉竹中構造改革の結果をよく理解するために、ここに、「中央と地方」、「官と民」という縦軸横軸をとったマトリックスを考えてみましょう。
この10年みんなが大騒ぎした改革の結果、東京だけが生き残りました。「中央=官」が民と地方から資源を奪い、一人勝ちしたというのが小泉竹中構造改革の本質だったのです。
ここ10年で一番肥大化した「中央における官僚体制」の部分にいるのは、まず一番は霞ヶ関の中央官庁の官僚たちです。さらに官邸・永田町、経団連、同友会に所属している大手町や丸の内の大企業、大手金融資本もこの中央官僚体制の中に含まれていると私は考えます。さらにマスコミや連合などの労働貴族、審議会に出席しているような大学の先生も、中央官僚体制の一角を占めています。アカデミズムはそもそも中央集権的性格を持っていますが、今や役人や政治家が浪人したときの受け入れ先にもなっています。
東京にはそのような、日本を支配する一握りのインサイダーが厳然と存在しています。この東京にある小さなムラ社会が、日本全体を支配していると私は考えています。それが中央集権の本質です。
東京村が地方を収奪し続けていて、いまや地方は痩せ細る一方です。
中央=民 まともな「独立自尊型」の大企業経営者はいなくなった
それに比べると、今では中央に存在する民間の人々がずいぶん少なくなってしまったように思われます。
昔の民間企業は、役所寄りではなく、むしろ役所と対立していました。通産省に逆らって自動車に参入した本田宗一郎氏のように、昔の民間企業は現在のような役所のおこぼれを漁るような人たちではありませんでした。また経団連会長だった土光さんが差配した土光臨調の時の改革案は、現在の構造改革案とは違っていたと思います。
つまり財界とは、本来は官僚とは利益を異にする人々だったはずです。また、石油ショック後の狂乱インフレを財界と労働界をまとめて収めた中山素平さんや、三井銀行の小山五郎さんといった金融界の人たちも、今の西川さんのような霞ヶ関に近い振舞いをするタイプとは違っていたように思われます。
トヨタやキヤノンが牛耳っている今の経団連は、限りなく官に近い民間のように思えてなりません。民間の商売人とはもっと独立心があって官に頼らないものでしょう。仕事がお上から利権として降ってくるのは、明らかにおかしな話です。
いま中央にあって民間であり続けているのは、大田区や下町で頑張って世界的に認められる活躍をしている町工場や中小企業くらいになってしまったのではないでしょうか。
銀座であんぱんを作ったり、新宿でフルーツパーラーをやったりといったような創造性に溢れた日本の商店主は、今では元気がなくなってしまいました。シャッター通りの代わりに、ジャスコやヨーカ堂といった「中央=官」に近い郊外型ショッピングセンターが幅をきかせています。
政治家と財界 地方の政治家・財界の声はすっかり小さくなってしまった
ところで昔の官僚は、弱い日本の産業を鍛えて、輸出して外貨を稼ぐようにするかたわら、よいにつけ悪いにつけ、きちんと地方の民に富みを配分するということを心掛けてきました。
それは地方出身の政治家が、霞が関を抑えていたからできたことでもあったでしょう。田中角栄が霞が関に恨みをきかせていたから、配分の仕方に多少えこひいきがあったにしろ、そうやって、いわゆる「国土の均衡ある発展」が実現したわけです。 しかしロッキード事件以降、「政治家はダーティーである」という認識が国民の中に広く知れ渡り、政治家は弱体化していきました。
政治家を支える財界も、また変化しました。経団連は日経連と合併しました。日経連は各地方の経営者協会の元締めで、地方からの情報を吸い上げるとともに、労働団体との交渉を行っていました。ところが雇用形態が変化すると同時に、その日経連は経団連とくっついて日本経団連になってしまいました。日本経団連は自民党に数十億円の政治献金を行っていることもあり、いま自民党が言うことを聞くのは、もっぱらこの日本経団連です。
しかし各地方の経営者協会が弱体化しているため、地方の声はなかなか中央には届かず、経団連の政策として上がってくるのは、もっぱら中央にある大企業の利便を図るための施策ばかりになっています。
日本商工会議所も全国にありますが、全国の商工業者が弱体しており、日商の主張はすなわち東商の主張と重なってしまっているように思われます。なぜ弱体化したのか。それは中央集権が進むことによって、収益が上がらなくなった地方企業がどんどんつぶれてしまったからです。昔の地方商工会議所は、票を集めて地方政治家を支える一大地盤でした。以前であれば、地方選出の国会議員を商工会議所に呼びつけて、地域の声を聞かせるようなことも珍しくはありませんでしたが、そうしたことは今や全く聞かなくなってしまいました。「政治家は使うもの」と豪語するような地方の商工会議所会頭は、ほとんど絶滅してしまったのです。
経済同友会も、個人参加の任意団体であり、地方における同友会の地盤沈下は否めません。
日本青年会議所会頭だった麻生太郎総理が解散の翌日に一番最初に訪問した先が、日本商工会議所ではなく、日本経団連だった事は、地方の経済人として悲しむべきことなのです。
地方=官 地方の民間が疲弊しているから地方の役所の発言権も縮小
地方の官である地方自治体についてはどうでしょうか。
中央集権の分配構造の中では、中央からの利権を地方の民間に配分するという図式ですから、地方の民間企業は常に役所にこびへつらうという形になっています。
そうした構図の中では、「地方自治体は地方政府として、中央官庁と対等である」などという意識はまったく出てきません。県知事がどんなに声を大きくしても、「三位一体」的な中央から地方への一方通行の分配構造が確立していますから、県知事は中央官庁にはかないません。県民も中央に顔の利く知事を選ぶというように地方の独立自尊の精神が薄れています。東国原宮崎県知事や橋下大阪府知事などが、見かけ頑張っているようですが、所詮個人的なパフォーマンスの感を出していないので、本質的な変化をもたらすものとは思えません。
昔であれば、地方の官と民が共同して、政治家を通して官僚にモノを言い、地方の主張を通すといったこともしばしばあったのですが、今ではそれもできなくなりました。地方の民間が疲弊しているからこそ、地方の役所の中央に対する発言権も縮小してしまっているわけです。
地方=民 地方と中央の格差は開く一方、これでいいのか?
さて、そこで問題の、「地方における民間」の地位は、この10年でどう変化してきたでしょうか。
最大のポイントは、中央から地方への資金流入が止まってしまったということです。
90年代後半以降、北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行などの金融機関がつぶれ、「信用システムを守る」という目的のために、金融検査マニュアルによって銀行が貸出できる対象が決められてしまうようになりました。そうした流れの中で、そもそも不良債権という言葉は、利払いや返済が滞った債権のことを指すものだったはずが、そうした貸出先の企業を指す言葉に徐々に変質し、「危ない会社からは貸しはがすのが当然だ」という風潮になって、地方企業への資金の流れはだんだん細ってきたわけです。
お金が回らなければ、なんとかやっている企業でもバンザイさぜるをえません。そうやって、本当はつぶれなくてもよい地方企業がたくさんつぶれていきました。
この悪循環で、地方では債務者区分からいうと、お金が貸し出せない企業ばかりになってしまったわけです。当初は、唯一の救世主は政府系金融機関だったのですが、「民営化を行う」ということで、すべて整理されてしまいました。それ自体は正しいことではあったと思いますが、地方企業に対する長期的な資金の出し手がなくなってしまったこともまた事実なのです。
その一方で、「公共事業には投資に見合った効果がない」という構造改革論者の主張が受け入れられて、地方に対する公共事業はどんどん削られていきました。
そうやって地方の民間には、どのルートからもお金が入らなくなってしまったのです。
お金が入ってこない地方企業では従業員の雇用が守れません。そこで地方の住民は、しかたなしに契約社員として中央に出稼ぎに行くことになります。
そうすると同じ日本でも、東京で正社員として働いている人と、同じ東京にいても契約社員としていつまでたってもお金を稼げない人という、いわば違う人種の日本人がいる、そうしたヒエラルキーが固定化しつつあるという「南北問題」すら発生してしまっているのです。
しかも、構造改革の結果であるこのような絶望的な状況に対して、何かを言えば守旧派のレッテルを張られて村八分にされてしまうので、意見も言えない、ロジックの作りようもない、戦いようがまったくない、というのが現状です。
地元選出の国会議員の先生に頑張ってもらおうとしたら、郵政法案の投票で踏み絵を踏まされて、逆らったら刺客を送りこまれ、当選しても党を放り出されてしまうということでは、よほど強い信念を持つ政治家でなければ、どうにも戦いようがありません。
この状況では、地方と中央の差は開く一方です。
つぶれた地方中堅企業は、金融機関から、ただ同然で貸出債権を購入したファンドや債権回収機構や産業再生機構といった中央からの勝ち組の人たちがやって来て、中立を装った監査法人や不動産鑑定会社によるデューディリジェンスで二束三文で値踏みをされ、バラバラに解体されてしまいました。
それによって得をしたのは、結局は中央にいる官に近い人たちだけだったのです。今ではそこにMBA取得者や、公認会計士、弁護士、不動産鑑定士、審議会に出ている先生たちが加わり、中央の官の勢力に力を貸しています。今の日本では、これらの人たちと、そこにくっついている大資本の企業だけが勝ち組なのです。大マスコミの民僚たちも、勝ち組である事を忘れてはいけません。
では、地方経営者はどうするべきか
この厳しい状況下にあって、地方経営者はどうするべきか。私は、とにかくまず会社を潰さないことが肝心だと考えています。
そして会社の存続を図るときに一番大切なのは、少し矛盾するようですが、「なぜ自分は会社をつぶさないのか」=自己の経営者としての指針を見失わないようにすることだと思います。会社をつぶさない理由は、各経営者によっていろいろあると思います。
私の場合の「会社をつぶさない理由」は、「どこかで反転攻勢をかけてやる!」と思っているからなのです。このままでは終わらせることは絶対にできません!
日本人はみんなこのマトリックスの上のどこかに載っていると思いますが、ではなぜそこにいるかというと、それはたまたまの偶然であって、東京に生まれたから東京にいる人もいれば、たまたま地方に移住した人もいれば、その逆の人もいるでしょうし、父親が経営者だから会社を継いだ人もいれば、父親が経営者でも役人になった人もいるでしょう。地方で会社を経営していたけどつぶれたので、東京に出て雇われ経営者をやっているという人もいるでしょう。
しかし人間としての原点を考えてみると、それは自分のアイデンティティーをいかにきちんと持つかということではないでしょうか。それと同時に忘れてならないのは、全員一人ひとりが「個人として独立した主権者の立場」であるということだと思います。
私の立場で言えば、たまたま地方経営者の立場にあって、その地位を保ち続けようとするのであれば、常に健全な反骨精神を持ちつつ、今のところは会社をつぶさないように頑張って、攻勢に転じる機会をうかがうというところなのだと思います。
わたしのHPでは、そうした地方経営者の立場から見た、現在の日本が向かいつつある方向性のおかしな点、あってはならない矛盾点などについて、順次考察を進めていきたいと考えています。